6月15日2歴代23-25章 ルカ16章

懸賞 2017年 06月 15日 懸賞

『主に従っているつもりの信仰』

【Ⅱ歴代24:1 ヨアシュは七歳で王となり、エルサレムで四十年間、王であった。彼の母の名はツィブヤといい、ベエル・シェバの出であった。24:2 ヨアシュは、祭司エホヤダの生きている間は、【主】の目にかなうことを行った。24:17 エホヤダが死んで後、ユダのつかさたちが来て、王を伏し拝んだ。それで、王は彼らの言うことを聞き入れた。24:18 彼らはその父祖の神、【主】の宮を捨て、アシェラと偶像に仕えたので、彼らのこの罪過のため、御怒りがユダとエルサレムの上に下った。24:19 主は、彼らを【主】に立ち返らせようと預言者たちを彼らの中に遣わし、預言者たちは彼らを戒めたが、彼らは耳を貸さなかった。・・・】

①ヨアシュ王は、殺される直前で、救い出され、
祭司エホヤダに守られ、7歳で王として任命されました。

彼は「エホヤダが生きている間は」主に仕え、主に従ったのです。

②主に従っているようでも、人やプライドに従っている人がいます。
「事情」や「欲」を優先して、主に従うことを止めるのです。

③その「間違った選択」は、最初は「小さなように」見えても、
それが当たり前となるうちに、「誰が見ても間違い」と分かるような大きなものとなるのです。

・・・主に従うとは、主の御言葉に(主ご自身に)従うことです。
人に従うのでもなく、自分の欲やプライドに従うのではありません。
その区別を明確にしましょう。
そして間違いに気がついたら、罪を素直にそのまま「悔い改める」のです。





『奇跡の限界』

【ルカ 16:30 彼は言った。『いいえ、父アブラハム。もし、だれかが死んだ者の中から彼らのところに行ってやったら、彼らは悔い改めるに違いありません。』16:31 アブラハムは彼に言った。『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないのなら、たといだれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。』」】

①イエス様のたとえ話で、「金持ちとラザロの話」の個所です。
地獄で苦しむ金持ちは、こんなに苦しい所に兄弟が来ることが無いように、
天国のアブラハムにラザロを送って兄弟たちを説得してほしいと、願い出ました。

②しかし天国のアブラハムの答えは、NOでした。
奇跡が起きても、聖書の教えを求めないならば、その人は「救いを得ることができない」と言うのです。

聖書に反発する人は、自分の考えが強すぎる人です。
真理よりも、自分の自我(欲・願望)を優先する人なのです。

・・・真理(創造主)を求めましょう。
切実に求め、特に聖書の御言葉から真剣に求めましょう。

主を求め続ける者は、必ず与えられる(答えを得る)のです。
それは奇跡を見る以上に「素晴らしい恵み」です。
(そして自然に奇跡も体験するのです)







20170615




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by Happiness-eachday | 2017-06-15 05:19 | 2017年 | Trackback

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