5月27日2列王20-22章 ルカ8:1-21

懸賞 2017年 05月 27日 懸賞

『願いを聞かれる神』

【Ⅱ列王20:3 「ああ、【主】よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。20:4 イザヤがまだ中庭を出ないうちに、次のような【主】のことばが彼にあった。20:5 「引き返して、わたしの民の君主ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、【主】は、こう仰せられる。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは【主】の宮に上る。・・・』」】

①預言者イザヤは、善王、ヒゼキヤ王に
「あなたはこの病気で死ぬ」と主の言葉を伝えました。

②ヒゼキヤはそれを聞き、泣きながら主に、
「自分が今まで主の為にしてきたこと」を訴えました。

③すると主はわざわざ、イザヤに「引き返せ」と命じ、
「新しい主の語り掛け」(癒しの約束:寿命の15年延長)を語らせたのです。

④主は「私たちのことを愛して」おられ、「私たちの祈りを聞かれるお方」です。
「主の御心は広い」のです。
「私たちの切なる願い」に応じて、主は「御手を動かされる」のです。

・・・私たちが信じているお方は「このようなお方」だと知りましょう。
それを踏まえ、祈りましょう。
主は「わがままをきかれる神」ではありませんが、
「私たちの願いを聞かれる神」なのです。




『世で輝く人』

【ルカ8:16 あかりをつけてから、それを器で隠したり、寝台の下に置いたりする者はありません。燭台の上に置きます。入って来る人々に、その光が見えるためです。8:17 隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現れないものはありません。8:18 だから、聞き方に注意しなさい。というのは、持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っていると思っているものまでも取り上げられるからです。」】

①イエス様は、「隠れているものであらわにならぬものはない」とおっしゃいました。
私たちは、表や人に見える部分に気を使い取り繕いますが、
実は「見えない部分」に気を使う方が、何倍も大切なのです。

1ペテロ2章には「ごまかしや悪口を捨てて、純粋な御言葉を求めるように(2:1-2)」
と書かれています。

「自分の心」に気を使うには、「み言葉の力に頼る」以外にはありません。

・・・「あなたの心」に気を使いましょう。
ごまかしたり正当化することは、神様の前では「意味がありません」。
正直に告白し、「聖めて頂く」しかないのです。

そうすれば、主の手によって
「世の光」として
「目に見える表の世界」で輝かされるのです。

これはただ「主の御手」によることです。






20170527


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by Happiness-eachday | 2017-05-27 05:29 | 2017年 | Trackback

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