5月26日2列王18-19章 ルカ7:36-50

懸賞 2017年 05月 26日 懸賞

『具体的な祈りと具体的な助け』

【Ⅱ列王19:14 ヒゼキヤは、使者の手からその手紙を受け取り、それを読み、【主】の宮に上って行って、それを【主】の前に広げた。19:15 ヒゼキヤは【主】の前で祈って言った。「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、【主】よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。あなたが天と地を造られました。19:16 【主】よ。御耳を傾けて聞いてください。【主】よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばを聞いてください。
19:17 【主】よ。アッシリヤの王たちが、国々と、その国土とを廃墟としたのは事実です。19:18 彼らはその神々を火に投げ込みました。それらは神ではなく、人の手の細工、木や石にすぎなかったので、滅ぼすことができたのです。19:19 私たちの神、【主】よ。どうか今、私たちを彼の手から救ってください。そうすれば、地のすべての王国は、【主】よ、あなただけが神であることを知りましょう。」】

①南ユダのヒゼキヤ王は、主を愛し、主を一番とした良い王でしたが、
アッシリヤの圧迫を受けました。

現実的には、アッシリヤにより、隣の北イスラエルの首都サマリヤが陥落し(18:10)、
ヒゼキヤ王は、アッシリアから脅迫を受け、莫大な金銀を献上させられたのです。
それでもヒゼキヤ王に対する圧迫は止みませんでした。

②ヒゼキヤの祈りは「現実を踏まえたもの」でした。
夢や理想だけを語った一方的な祈りではありませんでした。
極めて現実的な、具体的な祈りだったのです。

主は全能者です。主が働いて下されば、「具体的な解決の道」が与えられます。
19:35-37

信仰とは具体的なものです。
ですから私たちは、その主を信じて「具体的な祈り」「具体的な行動」をしていくのです。
「こうあったら良い(空想や願望)」だけの信仰は、修正されるのです。
空想にとどまるだけでは「信仰とは言えない」のです。





『主を心から愛する人』

【ルカ7:40 するとイエスは、彼に向かって、「シモン。あなたに言いたいことがあります」と言われた。シモンは、「先生。お話しください」と言った。7:41 「ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。7:42 彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」・・・】

①イエス様は、「パリサイ人シモン」が「罪深い女」を裁いている様子を見て、
「多く赦された者が、多く愛するようになる」という真理を語られました。

シモンは地位があり、自分に対するプライド(自尊心)が多くありました。
しかしこの女性は「ただへりくだって主を崇めるだけ」だったのです。
(自分の罪深さを知り、主にすがり、主に感謝をささげたのです)

②あなたは、どちらの立場ですか。
私たちは、「信仰生活が長くなればなるほど」、
自分が「女性のような立場」だと気がつくのです。

・・・「自分の罪を知り」「多く赦されたことを知る」人は幸いです。
その人は、主を「心から愛する」ようになるのです。






20170526


[PR]

by Happiness-eachday | 2017-05-26 05:06 | 2017年 | Trackback

トラックバックURL : http://yokkaichic.exblog.jp/tb/24239434
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< 5月27日2列王20-22章 ...   5月25日2列王記16-17章... >>