5月20日2列王4-5章 ルカ4:14-44

懸賞 2017年 05月 20日 懸賞

『プライドを超えるもの』

【Ⅱ列王5:9 こうして、ナアマンは馬と戦車をもって来て、エリシャの家の入口に立った。5:10 エリシャは、彼に使いをやって、言った。「ヨルダン川へ行って七たびあなたの身を洗いなさい。そうすれば、あなたのからだが元どおりになってきよくなります。」5:11 しかしナアマンは怒って去り、そして言った。「何ということだ。私は彼がきっと出て来て、立ち、彼の神、【主】の名を呼んで、この患部の上で彼の手を動かし、このツァラアトに冒された者を直してくれると思っていたのに。5:12 ダマスコの川、アマナやパルパルは、イスラエルのすべての川にまさっているではないか。これらの川で洗って、私がきよくなれないのだろうか。」こうして、彼は怒って帰途についた。・・・】

①アラムの将軍、ナアマンは、
イスラエルに主の預言者がおり、その人が癒しの祈りができることを聞きました。
そして預言者エリシャの元にやって来たのです。

②ここで、エリシャが語った命令は、ナアマンの気分を害しました。
彼の考え通りではない言葉が、彼の自尊心(プライド)を傷つけたのです。

③しかし、彼のしもべたちの助言により、
ナアマンはへりくだって、主からの命令に「従った」のです。
その時「癒し」が起きました。

・・・私たちは「プライド」を持っています。
そしてプライドが傷つく時、私たちは「すべきこと」ができなくなるのです。

プライドを主に委ねましょう。
主はどんな時も、私たちを「支えて」下さいます。
ですからプライドに執着する必要が無いのです。

真剣に求める者は、様々な助けを通して、
プライドを乗り越え「正しいこと」ができるのです。





 『プライドの限界を越えるイエス様の力』

【ルカ4:23 イエスは言われた。「きっとあなたがたは、『医者よ。自分を直せ』というたとえを引いて、カペナウムで行われたと聞いていることを、あなたの郷里のここでもしてくれ、と言うでしょう。」・・・
4:27 また、預言者エリシャのときに、イスラエルには、ツァラアトに冒された人がたくさんいたが、そのうちのだれもきよめられないで、シリヤ人ナアマンだけがきよめられました。」4:28 これらのことを聞くと、会堂にいた人たちはみな、ひどく怒り、4:29 立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。4:30 しかしイエスは、彼らの真ん中を通り抜けて、行ってしまわれた。】

①イエス様は、故郷で重んじられませんでした。
それは、イエス様の小さい頃を知っている人が
「イエス様の価値を理解できなかった」からです。

②彼らにはイエス様に対する「先入観」がありました。

「イエスはこの程度」という勝手なイメージが、
「彼らのプライド」となって「本当のイエス様」受け入れられなくしたのです。

③人間は、自分の考えが「プライド」になる時があります。
それによって「現実を否定」し、正しいものが「見れなくなる」のです。

・・・聖書の御言葉も同じです。
自分が知っていると思うと「神様の言葉」が見えなく(盲目に)なるのです。

・・・祈りましょう。
聖霊様が働かなければ、自我というプライドを乗り越えることは不可能です。
しかし主は、困難な中で
「迫害の真ん中を歩むように」私たちを助けることができるのです。






20170520


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by Happiness-eachday | 2017-05-20 05:37 | 2017年 | Trackback

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