5月18日1列王22章 ルカ3章

懸賞 2017年 05月 18日 懸賞

『主をごまかすことはできない』

【Ⅰ列王22:34 ところが、ひとりの兵士が何げなく弓を放つと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。そこで、王は自分の戦車の御者に言った。「手綱を返して、私を敵陣から抜け出させてくれ。傷を負ってしまった。」・・・】

①北イスラエルの悪王、アハブ王の最後がここに描かれています。
彼は主の前に罪を犯し続け、主からの裁きを受けました。

②アハブ王は自分の身の危険を感じ、
南ユダのヨシャパテ王を自分の身代わりとして、
自分は助かろうと考えました。

しかし実際、ヨシャパテ王は助け出され、
アハブ王は弓で殺されてしまうのです。

③私たちは、主に喜ばれるかどうかで、「人生の方向性」が決まってしまいます。
人間的な小細工をいくらしても、
「主の裁き」を変えることはできないのです。

④ですから、「悪」に気がついたならば、
私たちは素直になって、心から悔い改め、赦しを頂くだけなのです。
そこにしか「解決の道」はないのです。





『深い、悔い改めのために』

【ルカ3:7 それで、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出て来た群衆に言った。「まむしのすえたち。だれが必ず来る御怒りをのがれるように教えたのか。3:8 それならそれで、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。『われわれの父はアブラハムだ』などと心の中で言い始めてはいけません。よく言っておくが、神は、こんな石ころからでも、アブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。3:9 斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」】

①イエス様の「道備え」をした、洗礼者ヨハネの言葉がここに書かれています。
彼は人々に「悔い改め」を説きました。
なぜなら「すべてを見ておられる」主は、
私たちが「心の奥に持っている罪」を、「見過ごすこと」はないからです。

②そして「口先で表面的に悔い改める」のではなく、
「心から悔い改め」、
悔い改めに相応しい実(行動)を取るようにと命じたのです。

「生活が変わるまで」悔い改めるには、「相当深い」悔い改めが必要になります。

・・・あなたは自分を直視できますか。
自分が100%愚かでも、それをすべて見た上で、
受け止めて下さるイエス様(そして天の父)の愛と支えを体験していますか。

天の父の愛を知ると「本当の自分を見ること」が怖くなくなります。
その上で、「深い」悔い改めができ。
私たちは「変えて頂ける」のです。





20170518


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by Happiness-eachday | 2017-05-18 05:35 | 2017年 | Trackback

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