5月17日1列王20-21章 ルカ2:21-52

懸賞 2017年 05月 17日 懸賞

『主の憐みの大きさ』

【Ⅰ列王21:25 アハブのように、裏切って【主】の目の前に悪を行った者はだれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである。21:26 彼は偶像につき従い、【主】がイスラエル人の前から追い払われたエモリ人がしたとおりのことをして、忌みきらうべきことを大いに行った。21:27 アハブは、これらのことばを聞くとすぐ、自分の外套を裂き、身に荒布をまとい、断食をし、荒布を着て伏し、また、打ちしおれて歩いた。21:28 そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような【主】のことばがあった。21:29 「あなたはアハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間は、わざわいを下さない。しかし、彼の子の時代に、彼の家にわざわいを下す。」】

①アハブ王は、北イスラエルの悪王で、妻の影響を受けて、バアルの神を拝み、
非道徳的なことをした人物でした。

しかしこの時、預言者の指摘を受け、心からへりくだり「悔い改めた」のです。
すると主は、その「悔い改め」を受け取られ、
アハブに寛大な措置をされたのです。

②主の「御気質」がここに描かれています。
どんなに酷い人物でも「素直に悔い改める」ならば、災いが減少するのです。
ですから私たちは、「単純に悔い改めること」が非常に大切なのです。

言い訳や理屈を言うのではなく、「単純に」罪を告白するのです。

・・・このことを素直に実行しましょう。
主の裁きは「恐ろしい」ですが、
主の憐みはそれ以上に「大きい」のです。




『主の語り掛けと、その真実さ』

【ルカ2:25 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。2:26 また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。2:27 彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。2:28 すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。2:29 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。2:30 私の目があなたの御救いを見たからです。・・・」】

①シメオンは、主から「救い主を見るまでは死なない」と預言を受けていました。
そしてその通り、イエス様にお会いすることができたのです。

主の語り掛けは「真実」です。
そして主の約束は「成就」するのです。

②あなたは「主の語り掛け」を受けたことはありますか。
主は特別な方法で、語られることがありますが、
現在多くは「聖書の御言葉」から(聖霊を通じて)語られるのです(ヨハネ14:26)。

ですから、「毎日み言葉を祈りつつ読むこと」は非常に有効なのです。

あなたは「主の語り掛け」を聞きたいですか。
その人は聖書を「本気で読むように」なるのです。





20170517


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by Happiness-eachday | 2017-05-17 04:43 | 2017年 | Trackback

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