5月7日2サムエル23-24章 2ペテロ2章

懸賞 2017年 05月 07日 懸賞

『悔い改めの告白と、犠牲の心』

【Ⅱサム24:24 しかし王はアラウナに言った。「いいえ、私はどうしても、代金を払って、あなたから買いたいのです。費用もかけずに、私の神、【主】に、全焼のいけにえをささげたくありません。」そしてダビデは、打ち場と牛とを銀五十シェケルで買った。24:25 こうしてダビデは、そこに【主】のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。【主】が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰はイスラエルに及ばないようになった。】

①ダビデは、誘惑を受け、人口調査をした罪を贖うためのいけにえを、
自分の犠牲として捧げたいと願いました。
ダビデは「自分の罪」を認め、
「自分の意志」と「自分の犠牲」によって、いけにえを捧げたのです。

②悔い改めは、人のせいにしていては、捧げることはできません。
自分が犯した罪を(仮に人の影響によって犯させられたように感じても)、
「自分の罪」として告白しなければなりません。
そして犠牲を伴うのです。

新約時代は「イエス様の犠牲」によって「牛や羊を捧げる必要」は無くなりました。
しかしだからといって「犠牲を捧げるこころ」は無くしてはいけないのです。





『反面教師』

【Ⅱペテ2:10 汚れた情欲を燃やし、肉に従って歩み、権威を侮る者たちに対しては、特にそうなのです。彼らは、大胆不敵な、尊大な者たちで、栄誉ある人たちをそしって、恐れるところがありません。・・・2:18 彼らは、むなしい大言壮語を吐いており、誤った生き方をしていて、ようやくそれをのがれようとしている人々を肉欲と好色によって誘惑し、2:19 その人たちに自由を約束しながら、自分自身が滅びの奴隷なのです。人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。2:20 主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。】

①キリストを信じたように振舞っても、間違った考え方の人がいることを、聖書は明らかにしています。
そしてその人たちは、他のクリスチャンを「自分の考え」に同調させようとするのです。
しかし「聖書の真理」と比較した時に、「その人の間違い」は明らかになるのです。

・・・「聖書の真理」を素直に受け入れましょう。
そしてその真理に反する「自分の心の中の罪」は速やかに「告白」しましょう。

信仰は単純です。
悔い改めれば「回復」し、
ごまかし続ければ、「もっとひどく」なるのです。






20170507


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by Happiness-eachday | 2017-05-07 04:40 | 2017年 | Trackback

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