5月6日2サムエル22章 2ペテロ1章

懸賞 2017年 05月 06日 懸賞

『自分を正直に見つめる大切さ』

【Ⅱサム22:21 【主】は、私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさに従って私に償いをされた。22:22 私は【主】の道を守り、私の神に対して悪を行わなかった。22:23 主のすべてのさばきは私の前にあり、そのおきてから私は遠ざからなかった。22:24 私は主の前に全く、私の罪から身を守る。22:25 【主】は、私の義にしたがって、また、御目の前の私のきよさにしたがって私に償いをされた。22:26あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者には、全くあられ、22:27 きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。22:28 あなたは、悩む民を救われますが、高ぶる者に目を向けて、これを低くされます。】

①主は愛と赦しの神ではありますが、
しかしここでは「わたしに義(聖さ)に従って私に報いられるお方」と書かれています。

つまり、私たちが「聖められた分」、
「報いて下さるお方」でもあるのです。

②この御言葉が、私たちの人生に当てはまるためには、
「自分自身への正直さ」が要求されます。
自分を素直に省みて、
「良いは良い、悪いは悪い」と素直に受け止めなければ、
「聖め」は起こり得ないのです。

・・・あなたは自分を「どんなもの」と思っていますか。
それは願望ですか。事実ですか。
「聖め」を追い求めましょう。
あなたが聖められて起こる「主からの働き」があるのですから、
聖めが起こらないと「主からの働き」は先送りとなってしまうのです。





『後悔の無い人生の歩み方』

【Ⅱペテ1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。1:9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。】

①ペテロは、クリスチャンになった後の「成熟(信仰の成長)」について、ここに書き記しています。
上記のような「聖めの性質」を「追い求めている」ならば、
「役に立ち、実を結ぶ者」となるのです。

②クリスチャンになり、主の愛を知っている者だけが、これらの段階を通ることができます。
(信仰→徳→知識→自制→忍耐→敬虔→兄弟愛→愛)

③涙なくしては、これらの道は通ることが出来ません。
また、主が身近におられ「助けて下さっている」と感じられなければ、
「投げ出してしまう」でしょう。

しかしその道を歩む者は「主に喜ばれ」、
自分自身で「人生を振り返った時」に「大きな満足」を得ることができるのです。






20170506


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by Happiness-eachday | 2017-05-06 05:39 | 2017年 | Trackback

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