5月1日2サムエル9-11章 1ペテロ1:1-21

懸賞 2017年 05月 01日 懸賞

『誘惑の恐ろしさ』

【Ⅱサム11:26 ウリヤの妻は、夫ウリヤが死んだことを聞いて、夫のためにいたみ悲しんだ。11:27 喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行ったことは【主】のみこころをそこなった。】

①主を愛していたダビデは、晩年、大きな失敗を犯しました。
それはヘテ人ウリヤの妻、バテシェバとの関係でした。

②ダビデは罪を犯しましたが、さらに悪いことは、その罪をごまかすために、ウリヤを戦死させたのです。
このことは「主の御心」を損ないました。

・・・主を愛し、主のために戦ったダビデでさえも、この時は「罪をごまかしてしまった」のです。
神様との関係を持っていても「罪の誤魔化しの誘惑」を受けることがあるのです。
主が「今の自分の心」を見ておられることを「忘れてしまうこと」があるのです。

・・・ダビデはこの後「預言者ナタンの指摘」を受けて、心から悔い改めます(12章)。
しかしダビデのしてしまった「罪」を、私たちは「半面教師」としなければなりません。
「自分は誘惑からは守られている」ということはあり得ないのです。




『聖めと、聖めを求める心』

【Ⅰペテ1:13 ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのときあなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。1:14 従順な子どもとなり、以前あなたがたが無知であったときのさまざまな欲望に従わず、1:15 あなたがたを召してくださった聖なる方にならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なるものとされなさい。1:16 それは、「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」と書いてあるからです。1:17 また、人をそれぞれのわざに従って公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、あなたがたが地上にしばらくとどまっている間の時を、恐れかしこんで過ごしなさい。】

①ペテロはこの手紙の中で、クリスチャンの聖め(聖化)について言及しています。
神様は「聖い」お方ですから、
「その方の喜ばれるように」生きるためには「聖め」を求めるようになるのです。

聖めは中途半端なものではありません。
「神の喜ばれないもの」からきっぱりと「縁を切る」決断と覚悟が必要なのです。

・・・あなたは「自分の心を主が見ておられること」を知っていますか。
その主が「喜ばれるように生きたい」と願いますか。

聖霊に助けがなければ、「聖め」は不可能です。
しかし「聖められたい」と願う心と「汚いものを捨てる」潔い決断は、
私たち「人間側の備え」として、必要なものなのです。








20170501


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by Happiness-eachday | 2017-05-01 05:10 | 2017年 | Trackback

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