4月27日1サムエル29-31章 マルコ15:1-20

懸賞 2017年 04月 27日 懸賞

『人の力を越えた、主の力』

【Ⅰサム30:8 ダビデは【主】に伺って言った。「あの略奪隊を追うべきでしょうか。追いつけるでしょうか。」するとお答えになった。「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」30:9 そこでダビデは六百人の部下とともに出て行き、ベソル川まで来た。残された者は、そこにとどまった。30:10 ダビデと四百人の者は追撃を続け、疲れきってベソル川を渡ることのできなかった二百人の者は、そこにとどまった。・・・】

①ダビデと部下たちが、家族がいるツィケラグに帰ると、
アマレク人によってすべてが略奪された後でした。
彼らは混乱し、ダビデを殺そうと言い出しました。

この時、ダビデが主に伺うと
「必ず救い出せる」と主の約束を頂き、
すべてを奪い返すことが出来たのです。

②人間的に限界でも、主が導いて下さるならば、「大きな勝利」が与えられるのです。
主の導きと勝利は「人間の限界」を超えて働かれるのです。




『私たちの中にも流れる、恐ろしい罪』

【マルコ15:10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。15:11しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。15:12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか」と言った。15:13 すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだ。15:14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだ。】

①ピラトの裁判で、人々はイエス様に向かって「十字架に付けろ」と叫びました。
これはたとえ祭司長たちに扇動されてのことであっても、
この言葉は「恐ろしい言葉」です。

②神のひとり子を殺したのは、「私たち人間」です。
私たちの「身勝手な考え」がイエス様を殺したのです。

・・・あなたは「自分の中」に「同じ罪の性質」を見つけますか。
この罪の性質は「他人事」ではありません。
あなたの中にも「流れている」、「恐ろしい気質」なのです。

そしてその「恐ろしい罪」を赦すために、
イエス様は「抵抗せず」に十字架にかかって下さったのです。






20160427


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by Happiness-eachday | 2017-04-27 05:31 | 2017年 | Trackback

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