4月24日1サムエル20-22章 マルコ14:1-26

懸賞 2017年 04月 24日 懸賞

『主の知恵と主の助け』

【Ⅰサム20:5 ダビデはヨナタンに言った。「あすはちょうど新月祭で、私は王といっしょに食事の席に着かなければなりません。私を行かせて、あさっての夕方まで、野に隠れさせてください。20:6 もし、父上が私のことをとがめられたら、おっしゃってください。『ダビデは自分の町ベツレヘムへ急いで行きたいと、しきりに頼みました。あそこで彼の氏族全体のために、年ごとのいけにえをささげることになっているからです』と。20:7 もし、父上が『よし』とおっしゃれば、このしもべは安全です。もし、激しくお怒りになれば、私に害を加える決心をしておられると思ってください。」】

①ダビデは、自分がサウル王から殺されようとしていることを感じていました。
そしてサウルの息子、ヨナタンが自分のことを大切にしてくれていることも知っていたのです。

②ダビデは、サウル王の本当の気持ちを確認するために、
ヨナタンの協力を得て、上記のような確認をしたのです。
これは、「主からの知恵」です。

・・・難しい状況下でも、主に祈る中で、主は不思議な知恵を与えて下さいます。
その知恵によって「物事の善悪」や「事の是非」が明らかになるのです。



『一線を越えないように』

【マルコ14:20 イエスは言われた。「この十二人の中のひとりで、わたしといっしょに鉢に浸している者です。14:21確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。しかし、人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」・・・】

①イエス様は、最後の晩餐時に、12弟子の一人が自分を裏切ることを語られました。
そして誰が裏切るかも知っていたのでした。
人間の「自由意思」を神様は尊重されます。
それがたとえ罪であっても、
その意思を「ロボットのようにコントロール」されないのです。
この点が難しい所なのです。

②私たちは、どんなことでもできてしまいます。
しかし何をするかは「自分で判断」しなければならないのです。

・・・「神様に喜ばれること」を選びましょう。
「自分のわがまま」や「欲望を求め続ける」ことは止めましょう。
ユダは反面教師です。
ある一線を越えたならば、「大変な過ち」を犯してしまうのです。YccFuji







20170424



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by Happiness-eachday | 2017-04-24 05:55 | 2017年 | Trackback

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