3月18日申命記11-12章 使徒21:1-16

懸賞 2017年 03月 18日 懸賞

『本物の信仰と、信仰の継承』

【申11:18 あなたがたは、私のこのことばを心とたましいに刻みつけ、それをしるしとして手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。11:19 それをあなたがたの子どもたちに教えなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、それを唱えるように。11:20 これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。11:21 それは、【主】があなたがたの先祖たちに、与えると誓われた地で、あなたがたの日数と、あなたがたの子孫の日数が、天が地をおおう日数のように長くなるためである。】

①主は私たちを、親として愛しておられます。
そして愛を受け、幸せを受けるために「主の命令に生きるように」と命じられているのです。

②主の命令とは、口先だけのものではありません。
それは「たましいに刻み付けられる」ほどのものなのです。
寝る時も、道を歩くときにも、唱えるようなものなのです。
そのレベルで私たちは、「み言葉に生きる」ように願われているのです。

③これは人間的に努力しても不可能です。
唯一の希望は「聖霊の働き」です。
特に荒野の中(深い呻きと悔い改めの中で)取り扱いを受ける時に、
このような悟りの領域に入ることができるのです。

そしてその信仰を「子供たちに伝えていく」のです。
それが「信仰が継承」となるのです。


『キリストのために生きる』

【使21:10 幾日かそこに滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来た。21:11 彼は私たちのところに来て、パウロの帯を取り、自分の両手と両足を縛って、「『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人に、こんなふうに縛られ、異邦人の手に渡される』と聖霊がお告げになっています」と言った。21:12 私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレムには上らないよう頼んだ。21:13 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています」と答えた。】

①パウロは、聖霊に示されて、エルサレムに行き、ローマに行くことを願っていました。
それがどのような旅になるかは分かりませんでしたが、
ただ「御霊の導きの実行(キリストの願いの実行)」だけをパウロは願っていました。

②それが「死に至るもの」であっても、パウロは気にしませんでした。
なぜなら主の願いは「自分の命よりも価値がある」とパウロは感じていたからです。

これがパウロの信仰です。
イエス様と出会い、「十字架の意味と価値」を知った人は、
ここまで「キリストのために生きること」ができるのです。YccFuji







20170318



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by Happiness-eachday | 2017-03-18 05:36 | 2017年 | Trackback

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