3月7日民数記20-21章 使徒15:1-21

懸賞 2017年 03月 07日 懸賞

『主を仰ぎ見る者』
【民21:4 彼らはホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立った。しかし民は、途中でがまんができなくなり、21:5 民は神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」21:6 そこで【主】は民の中に燃える蛇を送られたので、蛇は民にかみつき、イスラエルの多くの人々が死んだ。・・・21:9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。】

①民は、主からの数々の恵みを頂きながらも、
問題が起きると平気で不平を言いました。

②主はこの時、その不信仰を「蛇にかまれるという裁き」によって罰したのです。
③すると民は、モーセに助けてほしいとお願いし、
主は「青銅の蛇」を「仰ぎ見させること」によって、
民を「救われた」のです。

この蛇は「イエス様の十字架」を表しています。
不信仰を犯さないのが一番良いのですが、
もし不信仰を犯しても『主を仰ぎ見る』ならば、「助け出される」のです。

自分の力では救いは得られません。
但し「主に近づき(仰ぎ見る)努力」だけは、しなければならないことなのです。
嘆いているだけでは、解決は起こらないのです。


『エルサレム会議』
【使15:7 激しい論争があって後、ペテロが立ち上がって言った。「兄弟たち。ご存じのとおり、神は初めのころ、あなたがたの間で事をお決めになり、異邦人が私の口から福音のことばを聞いて信じるようにされたのです。15:8 そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、15:9 私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。」】

①アンティオケで、パウロとバルナバの牧している群れに、
ユダヤから律法主義クリスチャンがやってきて、
割礼を受けないと救われない、
と間違ったことを教え始めたのです。(初期の教会には教理的な混乱がありました)

②このことがきっかけになり、エルサレムで最初の宗教会議が開かれました。
そして「恵みにより、信仰を通じて救われた」という教義(教え)が明確になったのです。

③私たちも、時代や状況を十分理解できずに、
間違ったことを主張してしまうことがあるかもしれません。
しかしクリスチャンが話し合う中で、
「神様の導き」を体験し「正しい結論」へと導かれるのです。

教会には「神が生きて働いて」います。
ですから「不完全な人間」が奉仕をしながらでも、
主は「御心」を進めて下さるのです。YccFuji








20170307
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by Happiness-eachday | 2017-03-07 02:27 | 2017年 | Trackback

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