3月2日民数記9-10章 使徒11:19-30

懸賞 2017年 03月 02日 懸賞

『主と共に歩む』
【民数記9:21 雲が夕方から朝までとどまるようなときがあっても、朝になって雲が上れば、彼らはただちに旅立った。昼でも、夜でも、雲が上れば、彼らはいつも旅立った。9:22 二日でも、一月でも、あるいは一年でも、雲が幕屋の上にとどまって去らなければ、イスラエル人は宿営して旅立たなかった。ただ雲が上ったときだけ旅立った。9:23 彼らは【主】の命令によって宿営し、【主】の命令によって旅立った。彼らはモーセを通して示された【主】の命令によって、【主】の戒めを守った。】

①モーセを中心に、民は「雲が動いた時だけ」移動をしました。
それが彼らの荒野での「生活のスタイル」だったのです。

②どれほど、長くとどまっていても、主の導きがないならば、民は一歩も動きませんでした。
反対に、主が動き始めるならば、すぐに動いたのです。
動くための理由は必要ありませんでした。
ただ主が動いたという理由だけで十分だったのです。


『キリスト者(ギ:クリスティアノス)』
【使11:26 彼に会って(バルナバは、サウロに会って)、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。】

①キリスト者という名前は、最初は弟子たちを侮辱する言葉として使われたようです。
しかし弟子たちは、キリストと自分たちを結びつける
「名誉ある名前」として受け入れたのです。

②キリスト者とは、「キリストと一つ」ということであり、
「キリストと個人的な深い関係と献身」を持ち、
永遠の主・救い主として「無条件で仕え従うこと」
を示唆する名前なのです。

そしてキリストを受け入れ、
「キリストのようになろう」と宣言していることなのです。
・・・私たちは、そのような意味において「キリスト者」なのです。YccFuji








20170302
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by Happiness-eachday | 2017-03-02 05:42 | 2017年 | Trackback

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