2月5日出エジプト記29-30章 マタイ25:1-30

懸賞 2017年 02月 05日 懸賞

『罪のための犠牲』
【出エジプト29:10 あなたが、雄牛を会見の天幕の前に近づけたなら、アロンとその子らがその雄牛の頭に手を置く。29:11 あなたは、会見の天幕の入口で、【主】の前に、その雄牛をほふり、29:12 その雄牛の血を取り、あなたの指でこれを祭壇の角につける。その血はみな祭壇の土台に注がなければならない。・・・】

①祭司が雄牛の頭に手を置くことは、
その動物と一体化したことを象徴的に示すことでした。
この儀式を通じて、雄牛は人々の身代わりとなり、
人々の罪のために死の罰を受けたのです。

この儀式は、「キリストの完全な犠牲」を指しているのです。
イエス様は、私たちの罪の「捧げもの」となられたのです。


『再臨に備える信仰生活』
【マタイ25:1 そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。25:2 そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。25:3 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。25:4 賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。・・・】

①このたとえを通じて、
イエス様は「再臨の時まで忠実に目を覚ましている」大切さを教えられました。

②油は、「本当の信仰」
「神との正しい関係」
「聖霊がいつも臨在しておられること」を表しています。

備えていた娘たちは「婚礼の祝宴」に入ることが出来ましたが、
備えていなかった娘たちは、入ることが出来なかったのです。

・・・このたとえを教訓として、
信仰生活をいつも備えていきたいものです。YccFuji







20170205
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by Happiness-eachday | 2017-02-05 00:12 | 2017年 | Trackback

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