1月7日創世記18-19章 マタイ6:1-18

懸賞 2017年 01月 07日 懸賞

『ソドムに対するとりなしの祈り』
【創18:20 そこで【主】は仰せられた。「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。・・・18:22 その人たちはそこからソドムのほうへと進んで行った。アブラハムはまだ、【主】の前に立っていた。
18:23 アブラハムは近づいて申し上げた。「あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。
18:24 もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかもしれません。・・・
18:32 彼はまた言った。「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやそこに十人見つかるかもしれません。」すると主は仰せられた。「滅ぼすまい。その十人のために。」】

①アブラハムは、ソドムが亡ぼされることを聞き、
主の前に「とりなし」をしました。
そして最終的には「10人の正しい人」がいれば、
滅ぼさないという「約束」を取り付けたのです。

②主は、「私たちの祈り」を聞いて下さるお方です。
「罪を裁かれる」と同時に、
「赦しのためのとりなし」を聞いて下さるお方なのです。

そのことを覚えて、祈りましょう。
私たちの罪と、
周りにあふれる罪のために
「赦しをお願い」しましょう。

主はその祈りを聞き、最善のことをして下さるのです。


『赦すことの祝福』
【マタイ6:12(主の祈りの最後の部分) 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕
6:14 もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。6:15 しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。】

①イエス様が教えて下さる真理は、
「赦し」は「実行しなさい」という命令です。
イエス様が私を赦して下さったように、
私も赦すように、「命じられて」いるのです。

そして、この命令を受け取る人は、
「赦しの素晴らしさ」を、体験するのです。

②赦さないことは、「罪」です。
赦さないことによって、
自分自身の霊に「苦みと滅び」を招き入れることになるのです。(FB:P1632)

これは「神様が私たちを赦す尺度」として使われる
「重要な原則」なのです。(マタイ18:35、マコ11:26)

・・・あなたを傷つけた人を「赦し」ましょう。
これが神の御心なのです。YccFuji








20160107
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by Happiness-eachday | 2017-01-07 05:45 | 2017年 | Trackback

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